偶然のリアル

文章教室 (河出文庫―文芸コレクション)

文章教室 (河出文庫―文芸コレクション)

 『文章教室』だなんてタイトルなものだからハウツー本と間違われることもあるらしいが、これは実験的長編小説である。登場人物それぞれの視点からくるくると場面が映し出されて、こことそこが繋がって行く、少しずつ濃度が高くなっていって最終的には何か爽快感すら漂う。
 この小説が独特の雰囲気をかもし出しているのは、<……>や≪……≫の内の文章が引用であることだ。<……>は、主要の登場人物である佐藤絵真(主婦)が日々書いている個人的ノート「折々のおもい」からの引用であり、≪……≫は一般の雑誌や単行本などからの引用だ。読み始めはこの引用文に戸惑う。かっこに入っている文章を特別視してしまうからだ。しかし、読み進めていくうちにそれは小説の中にすっかり溶け込んでいって、しっかりとした存在感を示しつつ意識させない独自の体系を築き上げていく。
 この小説の構成の奇抜さは、このカッコ内の引用だけではない。ある程度長い会話が続く場面では戯曲風になるのだ。その例外的措置を違和感なくすっきりと受け入れられるのは、そこに到達するまでにこの作家の思考の自由さというものを読者が受け入れているからなのではないか、と思う。
 内容は、恋愛がメインになって周りを巻き込んで様々な出来事が展開していく感じで、まあ、恋愛の話というと普通に聞こえるけれど、これが1人の主人公の恋愛だけで話が進むのではない。彼氏と思っていた人に別の彼女がいたり、しかしすでに妊娠してしまっておろすとか、別の男はそれをかわいそうだと思って抱いてしまったら、本気になられてしまう、でも実は外国に彼女がいて悩む、母は母で女として生きる最後のチャンスだと思い込んだ不倫、父は父で娘の境遇とよく似た部下を慰めるつもりで数回してしまった性交、とか何だかもう、この家族だけでもこれだけの恋愛とゴタゴタがあって、更に他の登場人物たちもそれぞれに問題を抱えているものだから、これはもうすごいことになっている。男と女は単純で複雑。大人になっても大人になれず、抑制は効くわけもなく、本人は精一杯でも周りから見たら滑稽だったり、けれどもそれが人間というものなんだなぁと、改めて思う次第で。
 全体を通して、何か出来すぎた偶然のようなことが度々起こって、人と人が繋がって行く感覚を受ける。これは『タマや』を読んだときにも感じたのだけど。それでも1人1人の個性がただならぬリアリティを発揮しているから、何だかその「偶然」を躊躇なく受け入れてしまう。いやむしろ、リアル、この現実こそ「偶然」の積み重ねなんだろう。
 どこか変で、鋭くて、素直に「おもしろい」小説だった。