自意識の蓋をこじ開ける一冊

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ

 タイトルとか表紙とかコピーとかからしてもう、絶対にこれはすごいことになってるぞと思ったのだが、やっぱりその通りで、他に体験したことのないような自意識の洪水に飲み込まれて溺れた。こんなの、小説にしていいのですか?出してしまっていいのですか?本谷有希子はこんな意識を持っていないゆえに、見せてしまえるのか、それとも、持っているからこそ書くことができるのか。わたしは、自分の中にある澄伽的要素を出来る限り人に見せたくない、と思う。できることならば、排除して、存在しないことにしてしまいたい。
 わたしだけが特別な人間だと思うのは、どんな人にでもあることだと思う。だって、わたしという肉体の中にいるのはこのわたししかいないのだし、この感覚、この感情、この表現は、わたしにしかない。特別視したくなる。自分だけは人と違うって思いたい。人とは違う何か特別な才能が自分には備わっているって思いたい。子どもの頃は、根拠のない自信があった。まだ何にも失敗をしていないし、傷ついたりめげたりしていない。自分は選ばれた人間のような気持ちだった。それが、年齢を重ねるごとに、つまずいたり、うまくいかないことが続いたりして、何か自分が平凡であると、ときには恵まれていないかもしれないと思い始める。その中で、少しずつこの自意識と現実の社会との均衡を取り、諦めることも学び、相応の精神状態になるのではないかと思う。しかし、この本の中では、蓋することなく、ずっと信じきって生きてきたところですべてが明らかになる。何もかもがはっきりとする。
 思い込みで積み上げてきたものが崩れる瞬間の澄伽は心で叫ぶ。

 唯一無二の存在。あたしじゃなければ駄目だと。あたし以外は意味がないと。あたしだけが必要だと。誰か。あたしのことを。あたしを。特別だと認めて。他と違うと。価値を見出して。あたしの。あたしだけの。あたしという存在の。あたしという人間の。意味を。価値を。理由を。必要性を。存在意義を。今すぐに。今すぐに。だって死ねば終わる。終わる。消滅する。どこにもいなくなる。消滅する。死ねば終わる。終わる。終わる。終わる。終わる。終わる。終わる。・・・・・(中略)
 終わる。
 終わってしまう。
 誰か。
 あたしに、
 あたしに今まで誰一人持てなかったほどの、
 あたしが消えても記憶され続けるほどの、
 あたしに、
 あたしに、
 あたしに____。

 もうこのへんは、あああああ!もう言わないで!やめて!たすけて!という気分だった。こんな感情、みんな知らないふりをして生きてるんじゃないのか。認めたくないだろうけど。