愛よりも強い、復讐に執着する兄妹

乱暴と待機 (ダ・ヴィンチブックス)

乱暴と待機 (ダ・ヴィンチブックス)

 愛情関係よりも強固なもの、としての憎しみと復讐、それに自ら縛られる兄妹。そして、その2人に翻弄され、その世界に取り込まれていく男女。恋愛は常に進行形でなければ維持できないのに対して、憎しみと復讐は過去に1度だけでも、それに値する事実があれば充分だ。
 本谷文学はいつも、救いようがなく悲惨であっても、どこか滑稽さをかもし出す。それが人生そのものなのかもしれない。悲劇すぎて笑っちゃうような。
 ここでも、愛と憎悪が交じり合い、ねじれて、絡み合い、執着して、有らぬ方向へと向かって行く。自分に自信がなく、人に嫌われないようにしようと努めるあまりに行動がどんどん不自然に、余計にウザくなっていく奈々瀬。天井裏から奈々瀬を監視し続ける「お兄ちゃん」山根。奈々瀬は、その行為に気づいていても、最後まで知らないふりを演じる。山根の復讐が完了するまで、自分はずっと「興味の対象」でいられるからだ。人から無視されるのだけは耐えられない。ずっと恨んでいてほしい。奈々瀬は歪んだ愛を求める。
 中学時代の山根が抱えた哲学的問題は、その後の山根の人生に大きく影響する。

 「いいか奈々瀬。この世界はすべて自分があると思い込んでいるから存在しているだけで、実は目を離している隙になくていいところは省略されて消えているんじゃないかって気がしてしょうがないんだよ。なくていいところ。それは俺の目の届かない範囲って意味なんだけど、だからつまり世界は今、こうやって見えている範囲しか実はできてなくて、たとえばこっちに一歩進めば一歩分だけ足されてる。で、そのぶん後ろの一歩は減らされてて……。学校だって俺の視界から消えた瞬間なくなってると思う。なんか分かる、雰囲気で。先生もクラスのやつらも全部消えてる。なんか分かる、雰囲気で。だからもしかしたら今こうやってお前と話してる俺の後ろにだって、ただ真っ白い空間があるだけかもしれなくて、だから俺はこうやって不意打ちで世界が手抜きしてないかどうか確かめてるんだよ。監査だよ。監査。査察、とも言うよ。抜き打ち検査とも言うよ」。

 この考えを大人になっても持ち続けた山根は、犬を殺処分する仕事を淡々とこなす。離職率が恐ろしく高い職場で、来る日も来る日もボタンを押して、大量の犬を殺し続ける。死んだ犬を確かめて焼却する。おそらく、ボタンを押して犬がガス室に送られたあとの世界は、真っ白なのだ。一方同じ職場の番上は、毎晩犬の夢にうなされる日々である。番上は、山根を不信がる。一体、どういう世界を持っているのか、と興味を持ってしまう。そして、自分が悪夢から抜け出す手段を思いつく……。ここから、番上の彼女あずさも含めて物語が転がり始めて、止まらなくなる。ああ、もう、こんな世界、紛れ込みたくはないけれど、なんだ、ものすごく面白くて一気に読了してしまった。
 この物語には、駄目な人間しか登場しない。その1人1人の個性は、よくあるわたしたちの中の一部である。そこにもあそこにも居る人。それを強調したのがここに登場する人物たちなのだ。