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アートマン魂

 京王線府中駅には京王アートマンという日用雑貨店がある。化粧品、バッグ、キッチンツール、洗剤、文房具、何でも揃う。わたしもよく買い物をする。しかしこの「アートマン」とは何だ。アート(芸術)+マン(人)なのか。いや、もっと深い意味があるはずだ。そういえばブラフマンという言葉もたまに聞く。
 そこで『事典・哲学の木』を読んでみる。今思えば、よくこんな高い事典を買ったなぁと思う。事典とはいうけれど、読み物として楽しい本なのだ。どこへ引っ越してもこの本だけは必ず持って行く。

 アートマンブラフマンインド哲学の言葉だった。インドの挨拶といえば「ナマス・テー」と知られているがこれは「あなたのアートマンに帰依します」という意味なのだそうだ。人間にはアートマン(孤我)が宿って、ブラフマン(宇宙我)が大宇宙にあるという考えが古代の哲学や現在の信仰体系の根本になっている。

★宇宙に満ちたブラフマンは大宇宙
★個々の身体の中にあるアートマンは小宇宙

 何のことやら・・・?

 わたしがなるほど!と理解したのは、インドの古代哲学者がこの状態を「大気と壺中の大気」だと比喩によって説明したという話だ。要するに宇宙に満ち溢れる大気と壺の中の大気は実は同じもので、ただ壺という囲いによって隔てられているだけなのだ。ここで壺が壊れてしまえば、中にあった大気はあっという間に宇宙の大気と混ざり合い、全く見分けがつかなくなる。

 *宇宙の大気=ブラフマン
 *壺の中の大気=アートマン
 *壺=身体
 “ブラフマンアートマンの中身は一緒”
 というわけ。

 6年ほど前、ちょうどこの事典を手に入れた頃、叔父の死に沈んだわたしは、このアートマンブラフマンという考えに救われたのを覚えている。叔父は、元の宇宙と一体化して戻っていったのだと気づいた。
そういえば、セラピストの先生にも「身体は神様からもらった壺」だと言われたことがあった。そんな大切な壺を粗末に扱ってはいけないと言われたのだ。もしかするとこの表現も古代インド哲学からきているのかもしれない。新興宗教で高い壺を買わせるなんていう話も聞くけれど、「壺」というのは精神世界では身体の、神秘性のメタファーとしてよく持ち出されるものなのかもしれない。
 アートマンという言葉は深い。「魂」と訳されることもある。京王アートマン、何気なく買い物をしていたけれども、こんなにも深い意味が含まれたお店だったのだ。府中が大宇宙であるならば、京王アートマンは小宇宙。もしくは、京王線沿いが大宇宙か。いずれにしても、また買い物に行くだろう。アートマン