魂のエース、ジョニーという男

黒木知宏~魂の記憶~ [DVD]

黒木知宏~魂の記憶~ [DVD]

 今年の3月。開幕前に千葉マリンスタジアムに行った。オープン戦にも関らず、人、人、人。満員の球場。試合が終わっても帰る人などいない。みんな、ジョニーの引退セレモニーのために集まったのだった。黒木という人物を知れば知るほどに、この人がファンから愛される理由がわかる。残念ながら私は、黒木の全盛期を知らない。エースと呼ばれチームの柱として活躍していた日々のことを。
 私が知る黒木は、1軍のマウンド復帰を目指して、ひたすらリハビリや自主トレを続ける姿。それを情報として、時には少しの映像として確認できるだけだった。それでもマリンに出向くと、みんなが黒木を待っているということは意識しなくても痛いほど伝わって来た。時代を遡り、彼の軌跡をたどってみたりもした。彼について書かれた本も読んだ。じーんとこみ上げるもの、それから、ヒリヒリとした痛みを感じた。
マウンドの記憶―黒木知宏、17連敗の向こう側へ

マウンドの記憶―黒木知宏、17連敗の向こう側へ

 チームが、ファンが、待ち続けた男。あの輝く鋭い瞳、こころを解きほぐす宮崎弁、一球投げるたびに上げる雄叫び、打ち取ったときのガッツポーズ、ヒーローインタビューでの涙、決して感情を隠すことなく、喜びを悲しみを苦しみを感動をそのままに表現する男。常に全力投球。加減なんてできない。そんなひた向きさ、不器用さに私たちは目を奪われる。彼のために泣いてしまう。
 みんなのこころに、しっかりジョニーが居て、本当はジョニーとおんなじものを持っているのに、ジョニーのようにがむしゃらに表現できずにいる。勇気が無かったり、恥ずかしかったり、かっこつけたりして、自分を守っている。
 私たちは、彼を応援することで自分自身を応援しているんじゃないかな。どこかで、こんなふうに生きれたらいいのに、って思っているのかもしれない。

 2005年8月28日、マリンのマウンドに再び立ったジョニー。その日のことを私は過去にブログに綴っていた。それをここに引用したいと思う。私が思う、ジョニーについてのすべてだ。

私みたいなのがジョニーを語るなんて許してもらえないかもしれないけれど、ひどく心を揺さぶられすぎて仕方ないんだ。
ああ、今日の試合を古くからのファンの人はどういう想いで見つめていたんだろう?それを想像するだけでジワジワと胸が熱くなる。
何だあのマリンの雰囲気は!テレビからでも伝わって来る独特の緊張感、歓声、勢い、そんなのが全部「渦」になってマリーンズに味方しているのがわかった。
野手も緊張感と戦いながら、いつも以上に必死で食らいついていく。意気込み。ものすごい迫力だった。この勝負に負けたら後がないっていうようなプレーだ。
どっからその力が湧いてくるんだ。
強い愛と気迫に溢れかえっているよ。
私も全部に集中していて、一瞬も目が離せなかったんだ。とにかく、何が何でも勝たなきゃいけないと思った。勝ちたい、とこんなに強く思ったことあったかな?勝たせたい?違う、勝ちたいって思った。
ジョニーはしっかりとボールを握るとそのボールに命を吹き込んでいた。じっとボールを見つめて想いを込める。3アウトを取ってマウンドを降りる時の表情が美しい。本当に美しかったんだ。
7回途中で藤田に交代した後もベンチの中の表情はずっと輝いていた。あんなイキイキした目をした人はそこらにそうそういるもんじゃない。
私は過去の話題の中のジョニー、物語の中のジョニー、古くからのファンの人が語ってくれたジョニーの姿を思い起こした。それは、確かにジョニーだけど、想像の産物でもあったことに気づく。
だって、私はこんなにも圧倒的な輝きを放っているジョニーを目の当たりにして、ただただ胸を打たれ続けるばかりなんだから。
わかっていたはずなのに、想像を遥かに超えて魅力的すぎる。しかも輝きすぎて直視できないんじゃなくて、ぐーっと吸い込まれていく、目が離せない。
何だろうな、この人のハートがそうさせるんだな。
伝わってしまうんだ。開かせてしまうんだ。人を。
そしてそれをキャッチせずにはいられない私たち。
ずっとハートが開きっぱなしの私、追加点をあげるスンちゃん、サトのホームランに震えながら喜んだ。ベンチのあの飛び上がるような明るさを見て嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
ジョニーのヒーローインタビュー。爽やかな笑顔。飾り気の無い真っ直ぐな言葉。マリンスタジアム全体に広がる満員のファン。過去の闇。重さ。それを超えてここに立っている男。圧倒的な存在感と歓喜。
私は声をあげて泣くしかなかった。
お帰りなさい。はじめまして。
出会ってしまいました。