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「忘れない」

ここにいること―地下鉄サリン事件の遺族として

ここにいること―地下鉄サリン事件の遺族として

 テレビで見る高橋シズヱさんは、いつも厳しい表情をしていたように思う。地下鉄サリン事件で夫を亡くし、「地下鉄サリン事件被害者の会」の代表世話人として活動されてきた方だ。そして、こういう言い方は失礼かもしれないけれど、見るたびに、綺麗になっていく。
 この本は私たちが普段見ているテレビのニュースからだけでは伺い知ることのできない、被害者や遺族の苦しみや悲しみ、そして戦い、傷を抱えながらの日々について、思い知らされる。実際に今も後遺症に苦しむ被害者の方と、大切な家族を亡くされた遺族の間にある埋められない溝も、本を読むまでは想像できないことだった。とにかく、「被害者」は一丸となって戦っているイメージがあった。それから、同じ遺族でも、子どもを亡くされた方と配偶者を亡くされた方では、微妙なニュアンスの違いがあった。傷ついた心を更にきりきりと削りあうようなこともあるのだということに気がついた。
 シズヱさんの素晴らしいところは、悲しみの中に埋もれて行くのではなく、そこからどう回復して生きるか、ということに真剣に取り組んでいることだ。他の犯罪被害者の方たちとの交流もし、励ましあい、被害者の主張を国に訴えていく活動をしたり、アメリカに出向いて9.11のテロ被害者の方と交流し、多くのことを学び、様々なことに気づいていく。そしてそれを、同じように家族を亡くしてつらい思いをしている人たちの役に立てるように具現化するのだ。この行動力、前に進む力というのは、本当にすごい。
 幸せだった家庭、夫を突然失う悲しみ、そのどん底から這い上がり、そして少しずつ回復し、強くなっていく、何かを適切に判断できるようになっていく、その姿は本当に頼もしく、美しい。誤解を恐れずに言えば、どこか、使命のようなものを感じずにはいられない。彼女は1人の人間、個体として、ものすごく大きな成長を遂げているのだと思う。

 村上春樹が帯に書いた「忘れない」という言葉について、思いをめぐらせてみる。「忘れない」こと、は、私たちができる唯一の、そして一番大切なことなのかもしれない。それは、時の流れと共に形を変えながら、私たちの心にずっと存在し続けるだろう。