『わたしを離さないで』/カズオ・イシグロ

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

泣くとか泣かないとか、そんな程度の心の震えでは収まらない。

 これは、帯に書かれていた言葉だ。
 施設で過ごした他愛ない子ども時代を回想している「介護人」キャシー、のはずが、読み進めるうちに、そこで何が行われていたのか、そして「生徒」たちの決して変えることのできない運命について、ずしんずしんと踏み込んでいく。何がどうだと、ここで伝えることができない。何について書かれている物語か、知らないほうがいいからだ。カズオ・イシグロ本人は、別に「○○についての物語である」と明かしたっていい、と言っているらしいが、実際に本を読んでしまうと、どうしてもそれが言えない。
 これからこの本を読む予定のある人は、このへんで引き返してほしい。もちろん、明かすつもりはないけれど、推測できるからだ。

 私は、それが明かされる前の早い段階で、「提供者」という言葉で、もしかしたらあのことだろうか、と想像はついてはいたけれど、実際に物語がそちらの世界に踏み込んでいく場面になると、登場人物たちの人間性や人生にすっかり心を寄せてしまった私は、切なさではちきれそうになった。
 そして、これはまた、何かの比喩であるということも強く感じた。もしくは予言なのではないのか、と。利己的である人間がいつかたどり着く道のような気がする。はっきり言えないのがもどかしいけれども。
 人は、いつも何かを犠牲にして生きている。生きていること、それ自体が何かを傷つけ、損なっていく行為だ。動物を殺して食べ、毛皮をまとい、実験を行い、殺して捨てる、植物にしろそれが生きていることに変わりはない。何かしらの命を傷つけながら生きるしか方法はない。
 しかし、どこまで求めればいいのだろうかと考える。自分の体のために、それが病気であろうと美容のためであろうと、本当にどこまで何かを犠牲にしていけば気が済むというのだろう。
 そういうことはもううんざりだ、と思う。けれど、それを深く考えないように、隅に追いやって、片隅で苦しみながらも私は今も生きている。それがときどき耐えられなくなる。