六ヶ所村ラプソディー―ドキュメンタリー現在進行形

六ヶ所村ラプソディー―ドキュメンタリー現在進行形

六ヶ所村ラプソディー―ドキュメンタリー現在進行形

 この六ケ所村の核燃料再処理工場について考えると、わたしたちは一体、生きたいのか死にたいのか、どっちなんだ、と思う。生きてくためにはお金が必要→田舎にはなかなか仕事がない→核のゴミを引き受けたらお金が入る、仕事も増える→生きるために核を受け入れる(原燃は安全だと説明してるし)→工場からの煙・汚水が、土地や海を放射能汚染→農作物や魚介類が汚染される→米・野菜・魚介食べられない→汚染された農作物を食べた家畜も食べられない→食べるものがない!→しかたなく汚染された食物を食べる→被ばく・ガン・白血病→死、もしくは1発の事故で日本どころか世界が終わり・・・。
 生きようとしているのならば、何故再処理工場は必要なのだろうか。自らが作りだしたものによって自らが殺される。いのちよりもお金が大事だというバカげた話。
 リサイクルとか言ったって、取り出したプルトニウムを再利用して稼働するはずの原発(通常の原発ウランでエネルギーを生み出している)もない今、さあどうしようというのか。そして最終処分場候補地もずいぶん前から募集しているけれど、どこの町も名乗りをあげない。
 メディアは沈黙する。ほとんどの人はこの現状を知らない。知らされていない。はっきり言ってしまうと、国民に隠れてこそこそとこんな大それた施設を作ってしまったということだ。欧米では、市民の活動によって再処理工場の稼働をストップさせたりしている。日本はいつかそれができるんだろうか。さあわたしには何ができるか。
 まさに『ハチドリのひとしずく』だなー。1滴ずつ落としていくしかないんだと思う。ああ!もどかしい!性格的に一気にバケツで消火したいタイプだからな。。。
ハチドリのひとしずく いま、私にできること

ハチドリのひとしずく いま、私にできること