東京スタンピード

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 森達也の新刊、しかも小説、2014年の東京で起きる大虐殺というSF小説、を読み終わる。えーっと、彼は小説家?伊坂幸太郎を読んでいるのかと勘違いしてしまうようなわくわく感でした。(わくわくって言葉以外にこれを言い表す言葉はないものかな。小学生の作文になってしまうと思いつつも、どうも使ってしまう。ハラハラってのもそれと同様。まあ、それを飛び越えてぐるっと回って辿りついた上でのわくわくとしよう。)確かに『A』を読んだ時の衝撃、ノンフィクションであるはずなのに小説のような、むしろ小説以上に小説、と感じたアレは間違いではなかった。そうか、こういう才能もあったのか。もちろん、そこにちりばめられたメッセージは森達也が普段から警鐘を鳴らしているメディアの在り方であり、保身や大義名分のための暴力であり、1人1人は優しいはずなのに、群衆になると狂暴化する人間であったり、といったファンにはすでにおなじみのテーマではあるのだけど、これを一切の予備知識なしに読んだとすれば、この問題提起に唸るに違いない。
 この本の中にも出てくるけれど、私たちは年々治安の悪化を感じているような雰囲気がある。「最近物騒よね」とはよく聞く言葉だ。しかし、実際戦後から今までのデータを調べてみれば現代ほど認知殺人件数が少ない年代はない。社会はどんどん平和になってきているのだ。何故勘違いをするはめになったのか。それはメディアが殺人事件を多く報道するから。なぜメディアは少ないニュース枠の中であえて殺人事件を沢山取り上げるのか。それは数字が取れる。要するに視聴者である私たちがそういうニュースを求めている、ということになる。そのニュースを見て私たちは「この悲惨な事件に比べたら私たちの生活は平和だ」と毎日誰かの生活と自分の生活を天秤にかけて自分の位置を確かめているのかもしれない。幸せを計っているのかもしれない。
 そして、少しずつ「現実」が「情報」に合わせようとしていく。

「2007年に起きた殺人事件の件数は戦後最も少なかった」
「よくご存知で。でもその後に少しずつ増え始めました」
「なせですか」僕は言った。
(中略)
「その理由がわからない。不要だったにしてもこれだけセキュリティが強化されたのだから、犯罪がさらに減ることはあっても増えることなどありえないはずですよね」
「現実が軌道修正したと私どもは考えています」植木は言った。
「軌道修正?」
「治安が悪化していると誰もが思っている。ところが現実には悪化していない。でもほとんどの人の思いは修正されない。むしろ時間とともにますます強くなる。意識と現実のずれがどんどん大きくなる。するとやがて、現実のほうがこのイメージの集積に合わせ始めます。つまり1人ひとりの思いの集積が、状況を変えてしまうのです、情報工学的には“創発”と呼ばれる現象です」

 すでに“創発”は起こり始めている気がする・・・。
 最後に、この小説の中で唯一、イラっとするというか気に入らない部分があるとすれば、何十年も前に別れた恋人を思い続ける男の未練がましさみたいな部分かなー。というか、旦那も子どももいるのに、前の男の家に出入りするなよー、女もよー、てな感じである。
 前を向いて歩きたいものである。ま、これは余談の余談。