永遠に終わらない物語

明暗 (新潮文庫)

明暗 (新潮文庫)

 勤め先の社長夫人の仲立ちで現在の妻お延と結婚し、平凡な生活を送る津田には、お延と知り合う前に将来を誓い合った清子という女性がいた。ある日突然津田を捨て、自分の友人に嫁いでいった清子が、一人温泉場に滞在していることを知った津田は、密かに彼女の元へと向かった・・・。

 水村美苗の『続明暗』を古本屋で入手し、それが読みたくて『明暗』を読み始めた、という本末転倒から始まった読書だったが・・・相当惹きこまれてしまった。登場人物それぞれが生々しくて、それが憎たらしくも憂鬱にもなった。特に津田の妻であるお延に対してのお秀(津田の妹)の態度なんていうのは、自分が言われてるんじゃないかってくらい怒り心頭で、私は何でこんなに腹を立ててるんだ、と我に帰って可笑しくなるぐらい。先入観によってもう振りほどけないイメージが悪い方へ悪い方へと向かって、互いにかけ違え合っていく様は、どこかで体験したような・・・。
 それにしても津田は流されている。女たちがそれぞれの確固たる意見を持っているのに、彼は吉川夫人にそそのかされて清子(元カノ)のいるという温泉地に行ってしまう。そして自問自答する。

「彼女に会うのは何の為だろう。永く彼女を記憶するため?会わなくても今の自分は忘れずにいるではないか。では彼女を忘れるため?或はそうかも知れない。或はそうでないかも知れない。」

 自分の気持ちが曖昧ではっきりしない。未練がましい男の典型だ。
 一方、女は白黒はっきりしている。津田が自分以外に愛する女がいる、と知ったお延は、義妹お秀にそれを確かめようとするが、お秀はなかなか本当のことを言わない。その時の女同士のやりとり。

(お延) 「理性はどうでも、感情の上で、あたしだけをたった一人の女と思っていて呉れれば、それで可いんです」
(お秀) 「あなただけを女と思えと仰しゃるのね。そりゃ解るわ。けれども外の女を女と思っちゃ不可いとなるとまるで自殺と同じことよ。もし外の女を女と思わずにいられる位な夫なら、肝心のあなただって、矢ッ張り女とは思わないでしょう。自分の宅の庭に咲いた花だけが本当の花で、世間にあるのは花じゃない枯草だというのと同じ事ですもの」
(お延)「枯草でも可いと思いますわ」
(お秀) 「あなたには可いでしょう。けれども男には枯草でないんだから仕方ありませんわ。それよりか好きな女が世の中にいくらでもあるうちで、あなたが一番好かれている方が、嫂さんに取っても却って満足じゃありませんか。それが本当に愛されているという意味なんですもの」
(お延) 「あたしはどうしても絶対に愛されて見たいの。比較なんか始めから嫌いなんだから」
 

 表面上はどうであれ、これはすべての女の本音なのではないか。私は「浮気に理解のある女」の話を信用できない。本当にそう思っている、というよりも「傷つくのを恐れるために」理解を示しているふりをして、自分にその信念をたたき込んでいるように思える。自分だけが唯一の存在でありたいと願うのは(その願望の実現が可能か不可能かという点は置いておいて)当たり前のように思えるが、どうだろう。
 物語は、津田が温泉宿で、清子と向かい合って話をしている途中で終わる。核心に触れる前に途切れてしまう。清子が何故、津田の前を去ったのか、そして津田の友人とすぐに結婚したのかは永遠の謎だ。けれど、感情としては、同じ女としてわかる気もする。
 絡み合って、ほつれて、結び直して、切り去って、人と人、家族、男と女、の関係がある以上、『明暗』は終わらない物語なのだと思う。
 あー、久々に「感情の濃い」本を読んだ!