耐えられないほどの鈍感

続 明暗 (新潮文庫)

続 明暗 (新潮文庫)

 ああーん、もう。相変わらず腹立つのり!『明暗』を読んで、むかむかとキレまくっていたが、『続明暗』はさらにドラマチックに展開し、イライラ度も更に高まる。お延は津田(と清子)のいる温泉地へ向かう。そこで目にした光景、さぁ、自分だったらこれをどう受け止めるだろうか。歯車が狂い始め、事態はどんどん悪い方向へ。一体何が真実なのか。本当の気持ちは、100伝わらないんだろうか。ページが進むごとに切なさはつのる。
 未練がましい男は、『明暗』『続明暗』を読むべしだ。それで目を覚ませ!何、昔の彼女が何で自分の前から姿を消したのか、知りたいだと?知ってどうする。それほど魅力なかったってことだろうに!!今そばに居てくれる人を大事にしないとほんっと、後悔するからね!

 津田は後悔というものを初めて痛切に経験した。
 津田自身、こんな仕打ちを甘受すべく程の罪を犯した覚えはなかった。事実細君の信頼を裏切った夫が揃ってこんな窮地に陥る訳ではなかった。事態がこんなところまで来てしまったのはいくつかの偶然が重なっての事でもあった。故から手に負いかねるお延の聊か猛烈な性格だって其所にはあった。要するに彼の理性は凡ての責任が彼にある訳でもないのを承知していた。だがそのような理性の声は今の津田には何の気休めにもならなかった。

 人が人を裏切る時は、いつだって、おおごとにはならないだろうという軽い気持ちで、何となく流されて、そうなってしまうのだろう。そしてすべてが明らかになった時に、こんなはずじゃなかった。本当に大切なのは、こんなことじゃなかったのに、と、そこでやっと気づくのかもしれない。人は弱いから。人は愚かだから。
 津田は真面目な人間だ。女を騙す悪い男ではない。津田自身もそれは認識しているだろう。清子が結婚した津田の友人である関は、どちらかというと遊び人であることを暗に非難すらしていたのだから。
 しかし、津田は気づいていない。体の関係に陥ってないから罪は犯してない、なんてことにはならないのである。嘘をついて出掛けて行って、そこで過去の女に会っていることが問題なのだ。しかも確固たる意志に基づいたわけでもなく、人の言葉に流されて、だから性質が悪いのだ。鈍感が人を、粉々になるほど傷つける。

 夫は好きな女に自分を見変えったのですらなかった。好きな女への已み難い思いを抑え切れずに、どうしようもない所まで行って、其所で初めて自分を裏切ったというのではなかった。深い決意もなく、ふらふらと人に云われるままに、お延の依って立とうとする所凡てを撲殺したのであった。貴方を信用したい、 お願いだからどうぞ最後の所では信ずるに足る人であって下さい、というお延の切実な魂の訴えに、毫も本気で応えようとしなかったのだった。
 今、お延の胸には津田がそんな人間だったという絶望が渦巻いた。

 お延は、『明暗』『続明暗』を通して、当時の女性としては少々エキセントリックな性格として描かれているけれど、現代にしてみたら、いたって素直な、普通の女性だ。誰だって、自分が信じて愛している夫が、過去の恋人に未練があることを知ってしまったら、心穏やかでいられない。
 私は、この本の中で誰よりもお延が好きで、お延をずっと応援していた。お延の中に自分を見ているようだ。ラストシーンにお延の行く末が想像されるが、どうか、この苦境を乗り越え強く生きてほしい、と願ってしまう。ていうかもう、お延、友達だったら抱きしめて一緒にうぉんうぉん泣いてあげるのに。 
 それにしても、水村美苗、うますぎる。漱石の文体そのままに『明暗』以上にドキドキさせる。漱石が書いてたら津田、清子、お延の修羅場はなかったかもしれない。あと、鉛のようなご飯を食べるという表現、『こころ』にも出て来たものだ。気づく人は気づくという心憎い演出。
 この本が絶版なのが信じられない。