cocco、生きる

papyrus (パピルス) 2009年 10月号 [雑誌]

papyrus (パピルス) 2009年 10月号 [雑誌]

 まず写真、やせ細ってがらがらの体、自傷行為によってできた傷跡がたくさん残る腕、何かを訴えかけるような切ない瞳・・・coccoが抱えているすべてのことは、全部私たちの問題でもあるんだ。六ケ所(青森の核燃料の再処理工場)の問題にしろ、食糧の問題にしろ、全部。見ないふりをしてるから、病むことなく、平然と生きられるとも言えるかもしれない。
 coccoは「生きろ!」と言う、その口に、食べ物は入らない。食べていくことに対する罪悪感、無力な自分に対する戒め。ああ・・・何かもう、蓋をしたくなる。私がいつか抵抗していたことがここにあって、そして生きるために逃げて来たことがまた目の前に立ちふさがっているような気がしてくる。coccoの体をさすってあげたい。諦めることができないで、常に身を削って立ち向かい、ボロボロになってしまう、彼女のこころとからだをぎゅっとしたい。coccoが「治る」って何だろう、と思う。健康な人間はこういうものです、っていうのは何だろう。感じなくなることじゃないよね。
 私はどうやって折り合いをつけてきたのだろう。すべて、自然である、と思いこんで目を瞑ることで、何を守ったのだろう。叫びたいような、忘れたいような、泣きたいような。