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こころ、からだ

りんこ日記

りんこ日記

 前にブックオフで『りんこ日記2』を見つけて、1巻も読んでないのに2を読んでしまったけど→
 念願の1を昨日、id:nico1019さんに借り、早速布団にくるまって読み、今日もソファでごろごろして読んだ。2を読んだ時も何だか体調がすぐれなかったようだけど、1も生理前の頭痛とだるさの中で読了。何だろう、りんこ日記はそういった条件の中で欲してしまう本なのかも?日記の中で倫子さんもやっぱりダルかったりめまいに悩まされたりしている。ジム行かなきゃ、でも行けない。身体がつらい、とか少し浮上、とかを繰り返している。活躍の幅は全く違うけれど、その日々の下降と上昇の感じはとても理解できる。人は、気持ちだけで何とかできるような時と、どうしても肉体の不調に精神が引っ張られてしまうような時があるから。私は今後者だ。ものすごーくだるい。一体昨日と、私の中身は、何が変わったというのか。
 はー、やっかい。
 全然関係はないけれど、最近『空気人形』の話題があちこちで・・・。吉祥寺の古本屋「さんかく」の本がセットとして使われてるみたいだし、何より前に見たCoccoの映画の是枝監督だし、すごく気にはなっていたのだけど、何だか、今の自分には、つらくなってしまいそうで、早くこのブーム終わってくれないかなー?とすら考えてしまう。しかも、ペ・ドゥナちゃん、本物の人形のように可愛くて本当に人間とは思えない(毛穴もなく、屁もこかないような)完璧さに見えて空恐ろしい。みんなが声を揃えて「かわいすぎるかわいすぎる」と合唱すればするほど、何だかそれが気持ち悪く感じてしまうのだ。やはり世の中のモノサシはひとつなの?
 こころを持つ、ということがどんなにつらいことなのか、この、こころすらなければ、どんなに楽なことか。こころを破壊したい一心で、人は自ら肉体を破壊してしまったりするんだろうな。
 限定されてしまう、言葉だけで伝え切れない、こころのある部分を、肉体を通して伝えることはできても、肉体を、こころだけで、言葉だけで伝えることはできない、つらさよ。
 痛みは代われない。そして、肉体は物理的距離を越えられない。遠距離恋愛のカップルが、何年も何年も電話で愛をささやけるのは、いつしか、そこに肉体が現れ、抱きしめることができるからだ。80年、抱き合えることが出来ぬまま、人生を終えるならば、その恋愛は恋愛足り得るはずかない。原理的には可能だが、その人生を選ぶ??
 切ない。人は、こころ、と、からだ、切り離せないその複合体。やっかいにおもえても、にげることはできない。できるけど、それは、死、だし、無だし、存在でなくなってしまう。