もやもやするのは、わたしが、引け目を感じているからなのか?

 この話題、日常の日記「御府中日記」に書こうと思ったのだけど、何だかちょっとディープになってきたので、こっちに書くことにした。それで何ら変わるわけではないけど。
 夫が休みだったので、立川。相変わらずオリオン書房のはしご(ノルテ→ルミネと)。他には特に見ない。今日は、ストレス解消に「バカ買い」しようと思っていたのに、実際に意気込んでしまうと、何を買っていいのかわからなくなる。丁寧に書きすぎて書けなくなる漢字、のようだ。私は1冊だけ購入。

夜と霧 新版

夜と霧 新版

 ずっと目をそらし続けていた話だけど(私は戦争関係の話や映画が大の苦手)、今は極限を生き抜き、そしてそれでも人生にイエスと言う、フランクルに勇気づけられている感じ。どうにもならないことを受け入れて生き抜く力というかそういうことに。
 夫は、先日早稲田で受けたセミナーのNLP関連の新書など買っていた。詳しくはわからないけど、ビジネスに応用する心理学、のようなものだと思う。
 それから、西国立に移動。久々にいとうに寄る。私は数冊購入。アノニマスタジオの本とか。駅前で1本60円の焼き鳥を数本買って帰る。家で、蒸し野菜をやる。焼き鳥は、私が食べられるものは少なかった。内臓系、ちょっと変わったもの系は全部だめ。全く食べられない。タンですら食べられない。挑戦したけど、気持ち悪いのだ。これはたぶん、家庭環境由来のものだろうと思う。高校生になるまで、牛肉すら食べたことがなかった。そのかわり、と言っては何だけど、ウニなどは、うにゃうにゃと動いているものを石で割って実をすくって食べることができる。タコも素手で採ったことがあったな・・・。野性育ちだ。何か話が遠い過去まで遡ってしまった・・・。私は今、東京にいるのだ。
 夜、西田敏行泉ピン子のドラマを見ていたら、ものすごーーーーく久しぶりにKから電話。あかんぼにおっぱいをあげながら喋っている。なんかすごいな。働きながら子育てもして、熱を出したら仕事を抜け出し病院へ。夜泣きでとぎれとぎれにしか睡眠もとれないらしい。「みったんは?」と私の近況を聞かれたが、恥ずかしくてほとんど話せなかった。だって、私は、毎日ぐーたらと本を読んだり、茶を飲みに行ったり、たまに大学でイタリア語と哲学をやってるだけだ。主婦、というほど、主婦業もやっていないし、学生というほど本格的に勉強しているわけではない。そして何より、無職である。「あ、パン作ってるんだ。自家製酵母育てて・・・・」と苦し紛れに言ってみたが、「ふーん、そうなんだー」で終わってしまった・・・・。Kには全く悪気はない。子どもの保育所のことやら病気のことやら、子育ての悩みや喜びをいろいろ話してくれるが、やっぱり理解できない自分がいる。話をあわせているけれど、何だか大きな隔たりを感じてしまった。うーん。正直言ってしまうと、もう、共通の話題が無い気がしてしまう。子どもが居ても全然関係なく、楽しい話ができる友達もいるのにな。何だろ、何かが完全に変わったしまった気がする。これが、大人になっていくということなんだろうか。もう、高校生のときのように無邪気に話せないのだな、と思い知った。きっとこれは、子どもの有無ではない、個人としてのなんかなんだろうな。
 世の中のみなさん、偉いよ!!私、ほんと、何やってんだろうなぁ・・・・と少し落ち込む。全く世の中の役に立ってないしな。もやもやするのは、わたしが、引け目を感じているからなのか?社会的役割を全く果たしていないことに罪悪感があるんだろうか?ああああ
 そうだとしたら、意に反するな。わたしはわたしだからね。わたしはわたしのじんせいを生きるからね。そしてこれもすべて強がりなのか?ごちゃごちゃ考えないために、寝るしかない。