体験者の言葉

四十でがんになってから (文春文庫)

四十でがんになってから (文春文庫)

 前回『病を超えて―いのちの対話』を読んで知った岸本葉子さんの本。ガンを告知されてから、入院の準備、仕事のこと、食べ物のことや、老親への報告など、淡々と(しかもユーモアありつつ)書いている。どうも、ガン(とか難病とか)の本というと、感動的になりがちで、「限られた命を!精いっぱい!生きた!」みたいなドキュメンタリータッチなのが多いのだけど(しかも死で終わるという)、彼女のは違う。そこから、どう生きるか、再発の恐怖と共に、どう自分らしく生きるか、ということに焦点が当てられているので、今現在、病に苦しんでいる人にも希望を与えられる本である。
 実際に「告知」を受けたことのない人間にとって、ガンの一番のショックどころは、その告知の瞬間であると想像してしまう。ドラマでもよくある場面だ。けれど、岸本さんはそれは違ったと言う。医師に告げられた時、あ、仕事、どうしよ、とか親は?とりあえず、家まで事故に合わずに帰らなければ、といったことを考える。手術が終わり、退院し、再発率(彼女の場合は50%と言われている)の恐怖を感じ、これからこの数字に怯えて生きていかなければならない、と思った瞬間に、そのショックはやってきたのだというのだ。もちろん、再発=死ではないが、治癒率は低くなる。まずは5年(ガンの場合「5年生存率」という言葉がよくつかわれる)生きること、そうすれば医学的には「完治した」ということになるらしい。
 たぶん、真っ只中で苦しんでいる人にとっては、「ガンで死んだ人の、感動の記録!」は読みたくない。それから「ガンが消滅した!末期からの生還!」といった「特定の」健康食品の推奨する本も読みたくないだろう。きっと、必要なのは、これからの生き方。治療は終わって退院したけれど、さてこれからどう生きるか、といった現実の、岸本さんのような体験者の言葉だろうと思う。
 今まで濁しながら書いてきたけれど、わたしの父は「ガン」になってしまった。悪性リンパ腫という血液のがんの一種。化学療法のみでの治療だが、やはり副作用がきつく食べ物をほとんど受け付けないらしい。らしい、というのは、わたしは見てないから。父は、わたしと電話でも話したくないようだ。泣きだしてしまいそうだから、と。心だけは強く持ってほしい、と遠くで願いながら、日々わたしは、本の中にコトバを探すしかない。わたし自身が崩れてしまわないように。
 「治る可能性はあるのだから!」と思うのと同時に「死は、自然なことである」とも思うのです。それが、何だか気持ちを安らがせてくれる。不思議だ。一番恐れているはずのことなのに。それはひとつの解放でもあるからなのだろう。