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がん患者学1

がん患者学〈1〉長期生存患者たちに学ぶ (中公文庫)

がん患者学〈1〉長期生存患者たちに学ぶ (中公文庫)

 長期生存者たちに学ぶ、というタイトルがついている。期待を持ってページを開いた。しかしそこに出てくるのは、手術、抗がん剤放射線の、いわゆる三大療法によって傷つき、ボロボロになった患者たちが、このままでは、治る前に死んでしまう!と思い、病院を出て、自力で再発の恐怖と戦いながら、自然療法や食事療法を試しつつ、それでも医療と繋がっていたい・・・というような方々のお話ばかり。読んでいる途中で具合が悪くなったり、気が滅入ったりした。もちろん、病気によって人生の様々なことに気づき、生き方が変わった人など、プラス思考の素敵な人も出てくるけれど、医療事故?によってずっと病院を恨み続けている人もいる。何だか、彼らの「念」にやられる感じだ。あああ。途中で放棄してしまった。2巻は専門家との対談なので読んでみようとは思っているが・・・。
 著者である柳原さんも卵巣がんで昨年亡くなったとのことでますます気持ちは暗くなる。卵巣がんは、子どもを産まない人に多く、しかも見つかった時には進行していることが多いようで、わが身にも降りかかってきそうな気がしてちょっと怖くなる。そういえば、子宮がん検診はやるが、卵巣がん検診っていうのは聞かないものな。
 このインタビューが行われた時代は、「告知」は一般的ではなかった。抗がん剤にも薬剤の名前が見えないような工夫がされていたりなんかして、「いかにも」といった感じだ。私にはそんなの耐えられそうにない。いつでも本当のことが知りたいから。嘘をつく家族の苦しみっていうのも相当なものだろう。
 生きている、ということはどういうことなんだろう。病気に怯えながら、痛みをこらえ苦しみながら、生き延びる、というのとは違うはずだ。何だか知らないけど治っちゃった。あれは何だったんだろう?というのを期待してしまった私には酷な内容だった。しかし、これが多くの場合、現実だ。身近で、「奇跡」のようなことを見ているからゆえに、それは、やっぱり「奇跡」だったのだ、と再認識する始末。(うちの祖母は、80代半ばで、子宮がんのため手術し、抗がん剤投与を受けるが、あまりの副作用に見かねて、うちの親が「年なので」と抗がん剤をやめることを決断する。しかし数年後、あったはずのがんは治り、正常値。本人はがんであったことすら知らず、今も生き続ける。現在、94歳。頭だってまだまだしっかりしている。)
 日本で何故これほどにがんが増えているか、みんなは考えたことがあるのだろうか?こんな小さな島国に乱立する原子力発電所、それから六ケ所の再処理工場のこと、放射能は微量で健康には影響ありません、といっても、それが長く継続的に降り注ぎ農作物に付着、海に流された汚染水の中を泳ぐ魚を食っていたんじゃ、いつかは誰だってこんなことになるに違いない。何故そこに気づかないのだろう、というか、気づいてしまったら大変なことになるからな・・・。なるのは仕方ない、しかし、治る病気になってくれたら、と思う。結核だって昔は不治の病と言われていたのだし。が、しかし、これ以上医療が発達して長寿な人間が増えるほど、国は困ることになるのかも。年金問題少子化、っていわゆる、そういうことでしょ?だってさ。はっきり言ってしまえばね。そして、長生きしすぎるというのも、本人にとっても苦しみが続くということでもある。自由にならない肉体、身近な人の死を沢山見送ることにもなる。そう考えていくと・・・幸せってなんでしょう?なんて考える。やはり、ほどほど、ってことかしらね。死は、解放でもあるのだし、なら何故、こんな不自由な肉体に閉じ込められるために生まれたのか?となると、もはや、哲学の森に迷い込んでしまいます・・・・。善も悪も、正しいも間違いも、ないような。ああ。