365日雑貨暦

365日雑貨暦

365日雑貨暦

 天気のいい午前中に、紅茶を入れベッドに寝そべって眺めるナカムラユキさんの『365日雑貨暦』。彼女の日常を取り巻く素敵な雑貨を毎日紹介してくれる。こういう暮らしをしている人を見ると、いつも思ってしまう。「なんでわたしはこんなセンスに生まれつかなかったのだろう」と。なんでこっち側の人間でなかったのだろう。センス、というのは磨かれるものなのか?それとも持って生まれた性分なのか。
 パリのマルシェカゴ、ワインの木箱、骨董屋のトランク、野田琺瑯、猫脚のバスタブ、三谷龍二さんの木のバターケース、サンタ・マリア・ノヴェッラのマウスウォッシュ、fogリネン、マリメッコ、ファーマーズテーブル、デュランスのピローミスト、ツェツェ、ル・クルーゼ、DURALEX、MON SAVONの石鹸、FAUCHONのピンク色の角砂糖、HELEN KAMINSKIの帽子・・・
 部分的には足を突っ込んでいるが、完璧にこだわってはいられない。私は、たとえばアグロナチュラの歯磨き粉を使ったとしても100円ショップで買い物もするだろうし、家の中にはそこらにチープで生活感丸出しなものが転がってる。生活というのは、どこかに比重を置けばどこかが軽くなる。わたしは、本を買うかわりに、ファッションとか化粧品とか雑貨とかそういうのを少し諦めた人生を送ってきたのかもしれない。眺めて「素敵」と思える感性があったとしても、それを重ねて使いこなせるセンスは持ち合わせていないということだ。
 読んでいて途中で飽きた。人間的感情の揺れが表現されてない。そして生活感がなく隙がないのも落ち着かないなーなんて思うのは、ダサい女の負け惜しみか?わたしはいつも、こういう世界に憧れつつも、のめり込めずに途中で立ち止まってしまうのだ。