生き抜け!「COSMONAUT」/ BUMP OF CHICKEN

COSMONAUT

COSMONAUT

久々にCD買った。20代前半からほとんど洋楽(ロック)しか聴かなくなった。それが30代になってから、ちびちびと日本のロックミュージックを聴くようになった。母語でダイレクトに入って来る言葉ときゅんと胸しめつけるメロディ。オルタナティヴな世界から一転、剥き出しの情熱なんて恥ずかしくて目をそらしてたのに、受けとめられるようになったのかな。ポップすぎて照れちゃってたんだけどな。
BUMP OF CHICKENは、今年の夏、TSUTAYAからCDを借りてきて一気に聴いた。あのクソ暑い日々。場所から場所へと移動を繰り返すわたしの頭ン中で藤原の声が爽やかな風を吹かした。泣きたい時も、高揚してる時も、焦ってる時も、投げやりな気分の時も、ずっと聴いてたのだった。
今更出会ったのでした。でもきっと今だからすっと入って来たんだろうな。
「COSMONAUT」は、一層優しさに包まれたアルバムだ。彼らのアルバムの中で唯一リアルタイムで聴けた。そこに立ち会えたってことが素直に嬉しい。

終わらせる勇気があるなら 続きを選ぶ恐怖にも勝てる
無くした後に残された 愛しい空っぽを抱きしめて

借り物の力で構わない そこに確かな鼓動があるなら
どうせいつか終わる旅を 僕と一緒に歌おう

          「HAPPY」より

わざわざ終わらせなくていい どうせ自動で最期は来るでしょう
その時を考えても意味が無い 借りてきた答えしか出てこない
現実派気取りじゃないなら どんな時間が無駄か解るでしょう
死んだ魚の目って言われても 心臓はまだ脈を打つ

四の五の言わず飯食えよ 人の振り見て人にはなれんよ
気にする程見られてもいないよ 生まれたらどうにか生き抜いて
周りが馬鹿に見えるなら 生き難いなんて事もないでしょう
死んだ魚の目を笑う奴に 今更躓く事もないでしょう
          「モーターサイクル」より

音楽は世界を変えないかもしれないけれど、誰かの人生の、ある一時期の記憶を色濃く印象付けるのは確かだと思う。そしてそれはきっと、生き続ける上でフックのような役目を果たすこともある。要するに少し世界を変える。

誰に向けて発信しているか、わかるでしょ。