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ポメラにっき

pomera買ったら、日記が書きたくなった。
[rakuten:kimuraya:10042846:detail]

6月1日(金)天気晴れ

鳥の声が聞こえるチュンチュンピピピピ。
久しぶりの休み。
「つながり」に疲れたので静かに過ごしたい。少しの間だけ。
人の間に入っていると、自分は常に演技をしている存在。あらねばならないキャラクターに徹している気がしてしまう。
家ではそうではない。

18:40
オウム真理教の特番(NHK)を録画したのを見ている。
純粋で愛すべき人たちが、感情や意思ををコントロールされていく。
より良い世界を求めていたはずなのに。だからこそ・・・何かが狂っていく。
閉ざされた社会。選民思想。善悪の概念。救済。
ずれていく。どんどんずれていく。

記憶を消されるということは、それは無かったことになる。
世界中すべての人が記憶を書き換えられたらどうなるのだろう?

6月2日(土)天気曇り

仕事。
土日は平和である。
みんなにとって(負の)影響力のある人がいないということは、こんなに穏やかなことなのだと思う。
しかし、難しい。
誰か一人を排除することで多数の人が幸せになるとして、その排除された一人の人生はどうなるのか。
多数のために少数は犠牲になるべきなのか。
現状は、少数(1人)のために多数が犠牲になっているのだけど・・・。
どうしたものか。
最近そのことをずっと考えている。
体は疲れているのに、寝付けないことが多い。朝は地獄のように眠いのだけど。
ベッドで、モーパッサン女の一生」を読んでから寝る。

6月3日(日)天気曇り

今日も店は暇。先週と同じ店とは思えない穏やかさ。人は大切。そこに居るのが誰か、ということで空気が変わる。
仕事後、いつもの帰り道。前の職場に寄ってみる。辞めてから初めてだ。
五十嵐さんがいる。いろいろ話を聞く。
誰が死んだとか、入所するとか。
職場環境のことも。
2人して「あの頃は学校みたいで楽しかったよねー」っていう話になる。
やっぱりそう思ってしまう。
所長がいた頃だ。会社らしくなく、ゆるーい雰囲気で何でもありだったな。あれは、普通ではないっていうのはわかる。
ああいう楽しさって長くは続かない。

同じ楽しさを求めてそこに戻っても、決して味わうことはできないことも、経験的に知ってしまっている。
だから私は戻らない。
空虚な気持ちになるだけだ。
五十嵐さんがわたしにいつも「戻ってきて」というのは、今の空気を変えたいからなんだろう。それもわかる。
でも、わたしは戻ることはないだろう。
時は過ぎてしまった。
前に進むことしかできない。
今、この今を、また、思い出して懐かしむ気がする。だから今、をもう少し大事にしたい。落ち込んだりショック受けたり、傷ついたりしてばかりだけど。

22:20
オウムの菊地直子の身柄確保のニュース。
正月の平田信の出頭の件もあり、なんだかオウムがらみが動いている。阪神大震災の後の地下鉄サリン事件、そして東日本大震災の後の逮捕。大地の揺れと人の心の揺れ、流れ、何か繋がっている気もする。

どこからともなく、香ばしい匂いがする。
パンを焼くような、魚を焼くような。
いつだったかも、恐ろしく身体が疲れた時の夜、そんな匂いを嗅いだ記憶がある。
物理的な要素ではなく、私の状態なのかもしれない。

6月4日(月)天気晴れ

6時半に目覚ましをかける。
何度か止めては眠り、6時50分に起きあがる。
洗濯をして掃除をして、8時に朝ご飯を食べる。テレビは菊地直子一色だ。
一緒に暮らしてた男性の思いってどんなだろう?と想像する。
犯人を匿っていた罪とはいうが、自分が愛した人が、犯人だったと知ったそのときに、警察に突き出せるだとうか?
1000万円の懸賞金がかかっていてもなお、そばに居たかったのかな。
オウムの事件は本当に心がひりひりする。
犯罪を犯したその人たちが、いかに純粋な人たちだったかということを知るたびに、つらくてたまらない。いっそ一般の人とはまるで違う「悪人」の顔をして悪の心を持っていてくれたらいいのに。
で、「悪人」ってなんなの?
吉田修一の本を思い出す。

洗濯はまだ続いている。
眠くなってきた。
11時には、ホームベーカリーでパンが焼けるのでお昼にはそれを食べようと思う。
女の一生」の続きを読みながらごろごろしよう。あまりにおもしろくなり過ぎて(急展開とかでどきどき)昨日はなかなか本を閉じられなかった。眠いのに先が気になって。