こころ、かよったような、そうでないような

また書く。
あと1週間ちょっとで、前の現場に戻る。あっという間の3か月。
その間に、特別支援学校を卒業したばかりの自閉症の男の子の支援をずっとしていた。
わたしも慣れない現場でいろいろ覚えながら。自閉症の男の子も初めてのことだらけ。二人で一緒に成長してきたような感じ。
あまり心を通わすような感じじゃないのに、ふと心が近づいたと思った瞬間があったりするとすごくうれしかった。
「あとちょっとで居なくなるから」って言ったら、「寂しいと思います」って言われた。無表情だけど(笑)
本当はその場で涙が出そうだったけど我慢した。
手紙書くね。なんて言って。
コミュニケーションが苦手な障害ではあるけれど、
たくさん話した。いろいろ教えてくれた。
誕生日には、「おめでとう」も言ってくれた。
なんか、その一つ一つが、もう、思い出ってかんじになっちゃってるの。さびしいね。
やだやだ感傷的なのはね。
自閉症の本とかいろいろ読んでたし、特性とか何とか、少しは知っているつもりでいたけれど、彼の日々を見続けることや、彼が話してくれること(わたしはいつも質問をする。なんでそうするの?今どうして耳ふさいだ?とか)で、なんかぐっと理解が深まった。
でも、それは「自閉症」の理解ではなかった。彼個人に対する理解だって気づいた。
「障害」っていっても、特性っていっても、それはある程度の指標でしかなく、とにかく、目の前の、あなたとわたし、の関係なのだ。
それにつきる。だから、若干の理解と配慮があれば、いい。
あとは、人間関係。
人と人でかかわってくだけだ。
わたしは、最初に支援会議で言われていた、本人がパニックを起こす可能性のあるタブーな話題もわすれて、ふつうに話していた。彼はパニックを起こすことはなかった。
でも、彼は時々、作業に疲れて、廊下に座り込んだ。
「安心していいから。あなたが嫌だと思うことをさせることは絶対にないから。つらいときは言ってください。あなたが、楽しく過ごせるようにサポートするから。心配ないから」と、語りかけると、彼は「はい」と頷いて、立ち上がった。