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自分観察日記

今日は、出席する予定だったボランティア(障害のある方の余暇活動、そして今日はクリスマス会だった)を、朝になって急に休んだ。
ボランティアなんだからいいのだけど、数か月ぶりだったのになんてことをしてしまったのだろうと思う気持ちと、以前だったら無理してでも参加していただろうという気持ちにも気づいた。とにかく体は疲れていたし、国家試験を1か月後に控えているわたしはとにかく落ち着かない。焦燥感というのだろうか。ただ空まわってるだけで何も進んではいないのだけど。
それで結局家にいたけど何もできず、そして近所のタリーズに行くも他のことを考えて集中できず、ただ珈琲を飲んで帰って来ただけだった。何やってるんだろう。朝はすごくどんよりとする。顔を見ただけで誰でもわかるだろうぐらいどんよりしている。
ただわたしは、「外」では元気な表情をしているらしい。
だからこそ、テンションを上げきれずに、参加できなかった。
コンディションを整えること。
それから、無理そうなら最初から予定を入れないことだ。しかしそれが分らない。当日になってみないとわからないことが多い。できるかできないか。できないのに、やっていた今まではエネルギーをすごくすごく使っていたんだと思う。だから何もかもが長続きしない。よくわかっている、わたし。自分のこと。
最近は、自分の波を観察できている。とてもよく、冷静に見えていると思う。
突っ走ることも、極度な落ち込みもない。そんなふうに自分を見ている。

少し前に書いた日記の神田橋語録、両親が驚いていた。
「アンタのことが書いてある!」ってすごく驚いていた。そして、それは小学生の頃から始まっていたと言われる。
それなのに、「普通に」「ちゃんと」「きちんと」生きようとしていたのだから、無理が出るのも不思議はない。
こういう人間がいていい。
正社員にもなったこともなく、一生を終えるだろうし、仕事はいつも続かない。
大きなことをやろうとしても、結局失敗して自信を無くして、わたしには何もないと言う。会社勤めがうまくいかない。労働の意味さえも考えてもよくわからなくなるような人間だ。
それでも、波に左右されて、揺れて揺れて、どこかにたどり着くだろう。