脳動脈瘤

記録を残しておきます。夫の「脳動脈瘤」についての。少し長くなります。

 

12月5日(土)晴れ

 

脳神経外科クリニック。頭痛を訴えていた夫が、MRA検査(脳のみのMRIで、脳の血管を見るもの)を受ける。前回CTでは異常なしだったから特に心配はしていなかった。しかし、検査後はやけに長い時間待つ。画像解析に時間がかかっているとのことだった。特に気にせず待っていた。

そして診察室に呼ばれ、MRA画像を見せてもらう。先生は、画像の一部を指さして「このあたりが瘤のように見えるんですよね」と言った。一瞬、何を告げているのかわからなかった。(でも大丈夫なんでしょ?)と心の中で普通に思っていた。


先生は3D-CTという更に立体的に状態が分かる検査をしたいと言い、でもすぐに「やっぱり何かあった時に繋いでおいたほうがいいから」とこのへんでは一番大きな医療センターに紹介状を書くと言い出した。その何か、というのは、要するに、急に倒れた時に救急車に乗るとする。医療センターの受診歴があれば、そこに運ばれるという、コネクションのことを指しているのだった。


この瘤らしきものは6ミリで、一般に手術を要すると言われているものがだいたい7ミリぐらいで、ぎりぎりどうなのか・・・という話だった。3D-CTを使えばある程度のことはわかるらしい。


診察室に居る時は、まだ危ないと決まったわけではないし、などと思っていた。でも、家に帰って来てからネットで調べたり、先生の言ったことを考えたりしていたらわかった。これは「未破裂脳動脈瘤」というものだった。


もし仮にそれが破裂すると、いわゆる「くも膜下出血」を引き起こす。破裂予防のためには、2つの方法がある。


クリッピング術>


動脈瘤の根本部分をクリップで閉塞する。


これは開頭手術なので負担は大きい。障害を残さずに安全に手術できる確率は約95%。後遺症が生じつ可能性は5%。死亡率は0.2~1.0%。いったんクリップがかかれば、ほぼ生涯にわたって破裂を予防できる。

(でも、脳を傷つけることになってしまっては?と考えるととても怖い)

<血管内治療(カテーテルによるコイル塞栓術)>

欠陥の中からカテーテル動脈瘤の根本まで入れて、そこから金属製コイルを送り込んで、内部を埋める。障害を残さず安全に治療できる確率は開頭手術と同程度。利点は、入院期間が短くてすむこと、手術創が残らず、痛みもなくすむこと、剃髪しなくてよいことなど、体の負担が少ないこと。

マイナス面は動脈瘤が再出現し、再治療を必要とするケースが見られること。

動脈瘤の形状によってはクリッピング術となる。

 

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これはわたしの今のところの知識。

正直どうすることが最善なのかはわからない。破裂しないのならもちろん手術しないに越したことはない。それはわからないから、状況をしっかり説明してもらい、リスクとベネフィットを天秤にかけて選択するしかない。

緊急の場合を除いて、少し考える時間が必要だと思う。自分の人生の「生き方」を選ぶということ。

手術はリスクでもある。後遺症に苦しむこともある。

手術しないことで不安が常に心にあったら?「いつ破裂するか」と怯えて暮らすことになるんじゃないか?とも思う。

安心したい。

でも特に開頭手術に関しては脳を傷つけないとしても、それまでと何かが変わってしまう気がしている。特に夫の体は薬の感受性も高く、敏感だから大きく変化してしまうような思いがある。少しも傷をつけないほうがいいんじゃないか・・・そんな気になってしまう。わたしはその逆だ。多少傷がついても平気。リスクを背負って生きてもいい。いつか破裂するかもしれなくて、それでパッと消えられるのもいいかという気がしてしまう。だから「生き方」と照らし合わせての選択となるんだな。

 


 12月10日(木)
昨日、医療センター脳神経外科へ。結局、前のクリニックで撮ったMRAの画像を担当医と一緒に見て「脳動脈瘤です」と告知された。
脳幹の近くにできているので開頭手術は無いと言われた。それだけ厳しいということだけど、頭を開けなくていいということに若干の安堵も覚える。瘤の形はいびつでねじれもあって、とても複雑だと言われた。
血液検査、尿検査、心電図、レントゲン撮影など基本的な検査を受ける。

3Dの検査はすっ飛ばして、
12月15日~16日で入院をして、足の付け根からカテーテルを入れ、造影剤を入れて、脳血管を撮影することになった。
その検査自体を、夫は嫌だろうなぁと思った。
オルメテックという降圧剤を処方される。
本屋で『脳動脈瘤がみつかったら』という本を買う。神の手と呼ばれている北海道の先生の本だった。手術を選ばなければならないのなら、そういう先生にお願いしたいものだ。でも、今のところは、手術したくない、させたくないというのが家族の気持ちだ。
頭痛は、頭痛薬で何とかやり過ごして、このままいけたらいいのにな。
今日はいろいろ動いた。ノートを買って、血圧を記録できるようにした。注文していた血圧計も今日届いた。
トイレに置くブザーも買った。あと、PC用メガネも注文。目の疲れから頭痛になることもあると思うので。
そして市役所に行き、「ヘルプカード」をもらった。倒れた時に搬送先の病院がわかるように書いてバッグの中に入れておこうと思ったのだ。
障害者手帳の種別を聞かれたけれど「手帳がないともらえないんですか?」と逆に聴いた。事情を説明してなんとか二つもらうことができた。だって、これは障害者手帳を持っている人というよりも、支援が必要な人のためのものなのだから。
神社にもお参りに行った。

実家に電話をしたら、うちの父はあまりに心配をしすぎて食欲がなくなってしまったそうだ。申し訳ない。
しかも、涙を流していると、猫が「にゃーにゃー」と言って来て、舐めってくれるんだとか。猫もすごいもんだ。家族の異変に気づくなんて。普段は何も考えていない感じなのに。
はーとても疲れた。
大丈夫であるように・・・・。

12月11日(金)雨→晴れ
何か現実味がないような、でもしっかりと向き合っているような不思議な感覚。
まだ気を張っているのかな。
わたしが悲しんだら夫がつらいと思うの。
わたしが落ち込んだら、信じていないってことだと思う。
大丈夫。

12月12日(土)晴れ
夫の希望で本屋に行く。久しぶりに丸善へ。「ユリイカ坂口恭平特集を購入。
夫の秋冬用の靴を購入。わたしはなんとなくずっと続いている少しの鼻水で喉がイガイガするのでアレジオンを買った。今日の寝る前から試してみることにする。
何となく落ち着いた気分の日。
こんな日々はずっとずっと続くわけではないと分っているから、1日1日がとても大切に思える。
一瞬を大事に生きないといけないと、「死」を身近に感じないとなかなか思えない(本気では)ものなんだと思う。
大切なことはすぐに忘れてしまうから、ここにきちんと書いておきます。

12月13日(日)曇り
夫は11時に出かけていった。好きな作家の個展、サイン会。わたしもついて行っても良かったのだけど、少し1人になって落ち着きたかったのもあるし、彼も1人で行動してちょっとスッキリするのかなぁ等と思った。
わたしは本当はとても不安なのだ。
強くいようとして精いっぱい。
1人になってしまうんじゃないかという恐怖感もあるんだろうな。
朝起きた時、また朝が来てしまったと思ってしまう。生活していると少しずつ和らぐ。こういった日々をとにかくこなしていくしかないんだ。慣れていくこと。わたしにはこの人生しかないから。

PM10:40追記
ざわざわが止まらない。カテーテルの造影剤検査だって合併症がリスクとしてある。0.何パーセントだとしても怖い!
夫が一番怖いだろう。わたしが弱気になるわけにはいかない。
検査を受けるのは義務のようになってしまった。社会人というのはそういうことなのか。たとえばわたしが死んでも社会的損失はゼロに等しいけれど(何も生み出していない非生産的人間だから)、彼だと話は違う。だから義務として検査は受けなくてはならないんだろ思う。
そうなんだな・・・。何とかうまくいってほしい。
検査自体は大丈夫なんだろうけど、その後が怖い。治療について。
知ること、進むことの恐怖。
不安に押しつぶされそう。
こわい。助けて。
でも叫べない。
どうしたらいいんだろう。
精いっぱいやるしか方法はない。今日は何もできない気持ちだった。
緊張感がどんどん高まっていく。自分で追い詰めないこと。パニックに陥らないこと。自分をしっかり保つこと。正気。憂鬱を吹き飛ばして。寝ないと。
寝たらまた朝が来てしまうんだな。

真夜中AM2:30
怖くて怖くて眠れない。
マイスリー5mg、セルシン5mg、ワイパックス0.5mg×3、マイスリー10mg×2、ガスモチン(胃薬)、アセトアミノフェン2錠、デパス1mg×2、レンドルミン・・・。
線香を焚く。
胃が痛い。
無数の考えが頭を巡っては抜けていく。
全部夢ならいいのに。こんなに怯えていることを知られたくない。大丈夫なんだ。何とかなるんだ。信じたい。助けて。怖いよ。
今度はわたしが支えなきゃ。ずっとわたしばかりが病人だったのだから。信じること。自分さえも信じていないことは叶わない。諦めたらだめだ。彼を苦しめたくない。
痛い思いをさせたくない。どうか良い方向に向かいますように。
お年寄り、おじいちゃんやおばあちゃんって、こんなシビアな現実と向き合って、生き延びて、今があるんだよな。それってすごいことだ。強くならざるを得なかったんだろう。
親の看取りだって考えたくはないのに、夫のことも全部わたし1人(しかも精神障害者)で抱えなきゃいけないだなんて。
恐ろしくてたまらない。
夫が幸せならそれでいいんだ。楽しんで過ごせるのなら。生きていけるのなら。その、意識が崩壊してしまった時のことを考えるのが一番つらい。取り残されて寂しい気持ちになる。
わたしにはどんな運命が待ち受けているのだろうか。病気が何もない人はいない。
でも「脳」か・・・。
人間を司る部分だけに心配だし、恐怖だし、不安感が半端ない。くるしい。
大丈夫って言っても次の瞬間には自分に裏切られる。
検査の後の先生の話を聞いてからしっかり考えて決めたいとは思う。
でも、細かい生命のところはあまり夫に聞かせたくない。心にダメージを追うから。元気でいてほしいから。先生にそれをパッと伝えられるかしら?
そのためにはわたしはクリアな脳でいなくてはならない。それなのにこんなに眠れずに薬ばかり飲んで、暗がりでノートを書いている。
アセトアミノフェンは心の痛みにも効くと聞いて飲んでみた。
脳はもんやりとしてきている、しかし、心が落ち着くというほどのものではない。哀しみは表出したほうがいい(1人の時には)。
2人でいるときは絶対元気で。
わたしは強くなるチャンスだ。生きることと死ぬことを身を持って哲学するチャンスだ。
本当に生きるとはどういうことか。考える時期が来たみたいだ。なにが一番怖いの?死なの?重度障害なの?身体が動かなくなること?
意識が戻らなくなること?(いわゆる植物状態)
いろんなリスクを考えてしまったんだね。メリットもたくさんあってもマイナスしか拾えないのが鬱状態のわたしだものね。あーあ朝が来てしまう。怖い。
入院の準備をしないと。日はせまってくる。今まであった幸せで怠惰でくだらない営みのすべてが愛しいよ。
もし彼が死んだらわたしは喫煙者になって、指にタトゥーを入れるだろう。一生消えないように。
そして少しでも早くあの世に行けるようにね。
ドーピングしたあとの景色はすこしちがう。
よくわからなくなってきている。
考えすぎるところを
あれ?

12月14日(月)?
昨日の感じが抜けなくて何となくぼんやりとした日。よくわからない。
入院の資料を読んでいたら病室に面会はNGとなっていて、急に不機嫌になり寝込む。その後、病院に確認して、入って良いことがわかった。すごくイライラする。
夜話していて、生活習慣を変えないといけないという話になると、夫はちょっと難しい・・・と言う。例えば、ラーメンのスープを全部飲み干さないこととか、そういった小さな一つ一つ。それが高血圧にとっては大事になってくる。
もちろん禁酒できたらそれに越したことはないけれど、それだって1度許せば決壊したダムのようになってしまうだろう。
人は自分の生活習慣を簡単に変えられない。弱いから。心が。
だけど、病気を機に心を入れ替えるっていうことが大事なんじゃないか。そのために病気があるんじゃないかって言ったら、夫は「わかんない」と言って逃げた。それが許せなかった。夫には責任があるのに。
あなたが死んだらわたしはどうなるの?そういうことを考えてるの?自分だけの人生って思っていない?気持ちがあふれてきて、物に当たった。わたしは未熟だ。
夫を手の平の上で転がして操るなんてできない。いいように気分よく安心させて手術に臨ませるようなことができない。不安感しか与えられない。
その全てが自分を苦しめる。ずっと泣かないようにと我慢して明るくふるまってきたのに。元気でいようとがんばってきたのに。不安にさせないようにと意識してきたのに。よりによって前日の一番ナーバスな時にわたしはこうして自分をコントロールできなくて怒りと自己嫌悪で死にそうになる。
恐怖と悲しみでいっぱいになる。
助けてほしい。
感情を押し殺して生きている。
夫が一番怖くてつらいのは分っている。それなのにわたしはこんなにくるっている。
受けとめることすらできていないんじゃないかな。
不幸と思ってしまっていないかな。
今までありがとうございました。
わたしの人生のピークは終わりました。
夫がどうにかなったら、自殺しよう。
もう疲れたので。
わたしには抱えきれないので。
子どもがいないことが救いだ。
こんなに苦しい世界に出てこなくて良かったよね。
わたしはいつか自分で自分の人生を終わらせる。それがいままで、何一つ自分の人生で思うようにいかなかった自分の最後の、自分だけの選択。自分の意志に基づく実行だ。
それまで、生きてきたことについて、メモを残していこうと思う。
焼かれてしまい、誰も読むことのない価値のないメモを。
わたしは人に良いところばかりを見せてしまっていたのかもしれない。
弱みをさらけ出すこと、それを恥と思っていたのかもしれない。
強がることで身を守っていたのだと思う。「平気」なふりをするのは何の役に立ったのだろう。
今まだ脳は正常に機能しているみたいだ。わたしは本当にバカだと思う。感情のコントロールのできないポンコツ。
思考能力低下。
フラフラ。

12月15日(火)?くもり?
10:00入院。シャワーを浴びて、毛を剃るように言われる。その後、点滴の針を刺す。夫は緊張ながらも寝ている。14:00~の手術の予定だったが、13:00に早まる。ストレッチャーに乗せられて手術室へ。わたしは手術室の前で待っている。
1時間くらいかかるらしい。何だかよくわからない。今日結果がわかるのか、説明があるのか、それもわからない。ただベルトコンベアーに乗せられて連れられて行くだけだ。わたしは気を弱くしている余裕はない。
眠い。昨日のODのせいでまだ薬が抜けていない感じ。つらさを紛らすために薬を飲む。意識が失われるまで。
毎日それを繰り返しているのだ。わたしは何をやっているのかな。何を。
支えになっていないよな。眠い。脳が正常に働かない。おなかがすいた。そんなことしか考えられない。怖い。原始的な恐怖。
わたしは何者でもない。透明な存在。つらさも痛さもない。通り過ぎた。

17:00PM
まだ先生からの説明はないが、脳動脈瘤は消え去っていた。何だったのかわからない。
あるいは、血管の形が重なってそう見えていただけなのかもしれない。いずれにしても脳血管造影検査では異常は見つからなかった。不思議なことが起こる。
とてもありがたいこと。夫は大変だったと思う。
でもこれを機に、健康に留意していけたらいいと思う。つらかった。わたしは泣かなかった。わたしの心はどうなっているんだろう。


12月16日(水)晴れ
9:00に夫を迎えに医療センターに行く。先生より、画像を見ての説明を受ける。どうやら脳の血管がらせん状になっているところが瘤のように写ったらしい。

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「いびつな形、6mm、脳幹の近く・・・」そんな説明を受けた時のことを思い出すとぞっとする。
それを冷静に受け止めて次の行動に出たのだった。
何でもなかった。何もなかったのだ。
告知され、死さえも覚悟した瞬間から今日までの16日間。明るい見通しはなく、ただ脳動脈瘤が破裂しないことだけを祈っていた。それは幻のようなものだった。
「生」の輝きを見せつけてきた幻。
夫が怖い思いをすること、痛い思いをすることがかわいそうだった。わたしが1人になることも怖かった。
早くに死んでしまうこと。一緒に老後を迎えられないこと。当たり前と思っていた日々が本当は貴重でかけがえなくて、、、老人になるまで生きていられる人の人生を思った。
でもそれはわたしたちの手の中にはないんだと思った。
そしてそういう人だっている。そういう人生の人だっているんだと思った。
とにかく納得して受け入れること、何とかしてそれとともに少しでも安全に暮らしていくことを考えようとしていた。
今は力が抜けて頭がぼーっとする。あまりにも眠くて昼寝をしたら金縛りに3回も合ってしまった。

さようなら脳動脈瘤
あなたは突如として表れて、また急に去っていった。
頭の中をすり抜けて行った。
何かを伝えに来たのですか?
「生きろ」と言いに来たのですか?