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不安の正体とアンパン

*雑記*

東京の晴れは寒いです。

わたしは、5時に寝て、10時に起きました。

飴と紅茶。わたしの朝食。サカナクション「aoi」聴いてました。

わたしは、「欲」とかそういうのに勝てない人間。抑えることができなむき出しの人間。理性が・・・無いというわけではないのだけど、基本我慢がきかない。

そしてプライドがない。いやあるのか、本当のところはわからない。

またもや書くことでしか気を静められない、不安症。不安。

不安はどこから来るのだろう。何に対する恐怖?究極的には死に対する恐怖ではないだろうか。しかし、それ、あまりの恐怖でベールで覆ってしまうから見えなくて、他のものに代替して思考してしまっているのではないかしら。

例えば、誰かに傷つけられるような恐怖とか、そういったものに。

だから、傷つくという恐怖は本質を言い当ててはいないのだから、傷つくことを恐怖しなくてもいいんじゃないかしら。

中の本当の中心にある「あん」を守っていれば薄皮の方は、多少傷ついたってそれは「アンパン」であることに違いない。

あんを根こそぎ取られたら、それはもうアンパンではない。

傷つくのを恐れるのは、自信の問題でもある。皮が厚ければ少しくらいぶつけたり、引っ掻いたりしてもビクともしないはずだから。その皮を薄皮と思っている自分は自信がないということになる

何この繊細さ。

繊細さの元は何だろう。

負の体験?分厚かった皮を突き破られた経験?ひと思いに?

いやそうではなくて、じわじわと、こちらも気づかないうちに、ヤスリのようなもので、それは、絹にも見えるけれど、実は目に見えないような突起が無数にあって、それでさわさわとこすられ続け、気づかないうちに皮は剥がれ、皮の向こうの、発酵してふわふわした部分、そこが見えてきて、気泡が見えちゃって、外界の刺激に弱くなる。すぐ浸みてしまうの。

それで、何か最初のピカピカしたパンとは別物になっちゃう。

わたしは、今、皮を剥がれたパンになっている。

だからこんなに寒いんだ。

慢性的な欠乏感の正体。

でも、「あん」を守れているかもわからない、ここからは見えないけれど、それはすでに「空っぽ」かもしれない。